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ソプラノ・ヴォーカリスト 渡辺麻衣

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せんせいがなつやすみにけいけんしたこと

Category - 入院の記録
コンサートでうたった、「なにげない毎日こそが宝物」
これは、私が音楽でつたえたいことの重要なポイントのひとつである。。

それを、私はこの入院であらためて感じた。
まずは、合唱団のこどもたちへむけて、また、できるだけたくさんの
子供たちへ伝えたいと思い、先生としての私が書いた、こどもたちへのお手紙
という形で書いてみた。
この形が一番自分の思いを素直に表現しやすいと思った。

合唱団の子供たちへは、これを一番に読んでもらった。
子供だけでなく、大人にも読んでもらえたら。
そう思って書いた。


「せんせいがなつやすみにけいけんしたこと」

みんな、しんぱいかけてごめんね。
せんせいは、このなつやすみに、しゅじゅつをしました。すぐたいいんするつもりだったのに、
いろんなことがおこってしまって、ずっとにゅういんしたままでした。
にゅういんしていたうち、はんぶんくらいは、ずっとねたままでした。
ちりょうのために、からだをおこすことも、あたまをあげることも、しちゃいけなかったの。

ごはんをたべるのも、はをみがくのも、トイレをするのも、ぜんぶベッドの上でねたままです。
だから、なにをするにもだれかにたすけてもらわないとできませんでした。
だから、ずっとかんごしさんや、いろんなひとに、おせわをしてもらっていました。

そういうせいかつをなんにちもしていたせんせいは、いつしか、こんなことをかんがえるようになりました。
それは、「どんなちいさなことでもいいから、はやくだれかのためになにかしたい」ということでした。
はやく自分でうごきたい、すきなことしたい。それももちろん思いましたが、それよりも、今まで思ったこともないほどつよく、「だれかのためになにかしたい」と思いました。にゅういんまえにあたりまえのようにしていた、だれかのためにごはんをつくったり、せんたくをしたりしていたことが、まるで、ゆめのようでした。
だれかのためになにかできるって、なんてすごいことだったんだろう。そうおもいました。

いくらそうおもっても、そのときのせんせいには、なにもできませんでした。
いつになったら、うごけるようになるのかも、わかりませんでした。
「いまのわたしにはなにもできない」そうおもっていました。

でもあるとき、かんごしさんとはなしていたせんせいは、そのかんごしさんが、
せんせいがはなしたことで、えがおをみせてくれたのをみて、きがつきました。
「わたしのいったことで、わらってくれたんだ」「いまはからだはうごかせないけど、
わたしは、こえもでる、てもあしもうごかせる」

そこで、せんせいがまずしたことは、「できるだけげんきなこえをだす」ということでした。
やってみると、ずっとげんきなこえをだしてなかったことにきづきました。
2かいめのしゅじゅつをしてから、「もしかしたら、まただめかもしれない、、、」
とおもっていたせんせいは、すっかりこころのげんきをなくしていました。
そして、こころからげんきなこえをだすことを、わすれてしまっていました。

これはいけない、とおもいました。せんせいは、うたのせんせいなのに、
げんきなこえをだすことをわすれてしまうなんて。
このままじゃ、うたのせんせいじゃなくなってしまう。まずはげんきなこえをださなくちゃ。

だから、あさ、かんごしさんがきたときには、できるだけげんきなこえで、
「おはようございます」といいました。また、「きょうはあつそうですね」とか、
なんでもいいから、できるだけこえをかけるようにしました。そうすると、あいても、
いつもよりげんきにあいさつをかえしてくれたきがしました。そのようすに、じぶんも、
げんきになったきがしました。すると、まわりのくうきまでも、あかるくなったようなきがしました。
「ことばひとつでも、できることはある」そうおもいました。

ほかにも、ちょっとでもかんごしさんがしごとをしやすいように、じぶんでできることはないか、
かんがえる、とか、なにかようじをたのむときも、かんごしさんがいまいそがしくないかどうか
、よくかくにんする、とか、あたりまえのことなんだけど、これまでいじょうにちゅういをしよう
とおもいました。そうしていると、じぶんのきもちがどんどんあかるくなっていきました。

もうひとつ、せんせいが、びょういんでねるまえに、いつもかんがえていたことがありました。
「きょうも、かぞく、ともだち、わたしのたいせつなひとたちが、げんきにすごせてよかった。
あしたも、どうかみんなげんきですごせますように」ということでした。

せんせいは、にゅういんしたときは、いっかいだけしゅじゅつをして、すぐにたいいんして、
八月のレッスンにはみんなのところにかえるつもりでした。
それなのに、2回もしゅじゅつをして、(ちいさいしゅじゅつもいれると、3回したの)ほかにもいろんなちりょうをして、それだけがんばっても、いつになったらいえにかえれるのか、ほんとになおるのか、まったくわからないじょうたいになってしまいました。それはぜんぜんよそうしていなかったことでした。
「なんでじぶんがこんなことになっちゃったんだろう」と、なんどもおもいました。じぶんにこんなことがおきたんだから、ほかのみんなにも、そういうことがおきるんじゃないか。。。そんなふうにおもって、まいにち、かぞくやみんなのことがしんぱいでたまりませんでした。

そして、こうおもいました。「にんげんは、あしたどうなるかも、わかんないんだ。。。」
あしたどころか、にんげんは、いちびょうごも、じぶんではきめられないんだなあ、とおもいました。
みんながげんきで、おとうさんもおかあさんも、ともだちも、みんなげんきでいる、ということは、
じつは、とても、すごいことなんだ、とこころからおもいました。


すごくながくなっちゃったけど、せんせいがこのにゅういんできづいたこと。
ぜひみんなにつたえておきたいとおもったこと。

ひとつは、「どんなちいさなことでも、だれかのやくにたつことはできる」ということ。
まだちいさくても、ちからがなくても、からだがうごかなくても、できることはかならずあります。
げんきなあいさつでも、ちょっとなにかをとってきてあげる、でも、じぶんのできることでいい。
それができて、だれかがえがおになってくれたら、それはそのまま、じぶんのしあわせになるんです。
つらいときほど、「だれかのためになにかする」ことをしてみてください。
そうすると、それはかならず、じぶんじしんのエネルギーになる。せんせいがそうでした。

そして、もうひとつ。
いま、げんきでいるじぶん、おとうさん、おかあさん、ともだち。
みんながげんきで、まいにちあえる、ということはとてもすばらしいことです。
おとうさんがおしごとにいって、げんきにかえってくる。おかあさんが、まいにちごはんをつくってくれる。
まいにち、あたりまえのようにすごしているけど、これはほんとにすごいこと。
たいせつなひとといっしょにすごせるこのしゅんかんを、たいせつに、かんしゃしていきたい、と、おもいます。かんしゃ、ってだれに?とおもうかもしれないけど、だれでもいい。おとうさんに、おかあさんに、ともだちに、そして、じぶんに、いちにちいっかい、「きょうもげんきでいてくれてありがとう」って、こころのなかでちょっとだけおもってください。

せんせいは、おもいがけず、たいいんできました。
きゅうにたいいんできることになったから、たいいんできたのが、まだしんじられなくなるときがあるんだ。たいいんしてすぐ、がっしょうだんにいったときは、うれしくて、なみだがとまらなかったよ。みんな、まっててくれてありがとう。

「にんげん、なにがあるかわからない」といったけど、どんなことがあっても、かならず、のりこえられるときはくるし、かならず、だれかがたすけてくれる。
にんげんは、けして、ひとりではいきていけない。
せんせいは、たくさんのひとにたすけてもらいました。たくさんのひとのおかげで、こうして、またげんきに、せいかつができることを、ほんとうありがたくおもっています。

このなつやすみにせんせいがけいけんして、そこでかんじたこと、けっしてわすれないようにしようとおもったので、これをかきました。せっかくなおしてもらった、このからだを、せんせいはだいじにだいじにして、これからも、もっともっと、すてきなうたがうたえるようにがんばりたいとおもいます。さいごまでよんでくれて、ありがとう。これからも、いっしょに、たくさんのすてきなうたをうたって、そしてまた、すてきなコンサートをしようね。

Category - 入院の記録

- 2 Comments

ひなつぐママ  

泣きました。
そして、すごいなぁって。
こんなにも深く 考えられるなんて。
私も、しっかりしよう!!!

お元気になられて 本当によかったです

まい先生の、
歌の大好きな女の子がそのままおっきくなったような、
歌ってるときの楽しそうな笑顔を見れるのを
楽しみにしています

2011/01/18 (Tue) 11:00 | REPLY |   

taroko  

ひなつぐママさん

コメントをいただいていたことに、今頃きづきました。遅くてごめんなさい。どれだけブログ放置してんねん・・・てかんじですよね;;
コメントありがとうございます!
順調にいっていらっしゃる様子、ブログでも拝見して安心してます。病気、入院、手術、、、これって、ほんとうにそのとき経験してみないとわからないですよね。
でも、これらの経験って、普段は決してできないからこそ(したくないですよね;;)このときしか気づかないいろんなことがあったような気がします。途中から、「この経験を生かさなきゃ、誰かに伝えて生かしてもらわなきゃ、入院損?や~」みたいな感覚になって、一生懸命いろんなことメモしてました。
体がほとんど動かせない状況で2週間いると、考えがどんどんめぐる、というか。
おなじような状況になったら、きっと誰もが同じような感覚になると思うんです。人間って極限状態になればなるほど、自分やまわりを守るための思考になるようにできてるんじゃないかなあ、なんて。弱いんだか強いんだか。人間って不思議ですよね。
ひなつぐママさんの、いつも明るく楽しい日記、すてきだな~、と、楽しみにしてます。またお会いできたときは、ぜひぜひみんないっしょに歌いましょー。(演歌でもなんでもうたいますよ~)

2011/01/24 (Mon) 13:07 | REPLY |   

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